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Divination&Math

占いと数学

この文章を書いたのは?

理化学研究所 脳科学総合研究センター

入來 篤史

「恋チュン」は数学 ?

キツネ色の、香ばしいフォーチュン・クッキー・・・、
カリッカリッとした殻の真ん中をパチッと割る・・・、
中から覗く小さな短冊をつまんで引っ張りだす・・・、
つづられている短いメッセージを視線でなぞる・・・、
一喜一憂・・、舞い上がったり落ち込んだりする・・。

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皆さんにもこんな経験が何回となくあるでしょう。「こんなのは当たらない」「ただの迷信だ」、などとは思いつつやはり気になり、はまってしまうのが占いです。
特にこれが、自分にはどうにもすることができない、他人の「気持ち」などを想うとき・・・
♪ あなたのことが好きなのに/私にまるで興味ない/止められない今の気持ち/占ってよ ♪

と、けっきょくは占いにすがってしまうのです。ところで、このフォーチュン・クッキーの中から出てくる短冊に書いてあるメッセージには、どんなことが書いてあるのでしょうか?
♪ 未来は/そんな悪くないよ/ツキを呼ぶには/笑顔を見せること ♪
♪ 運勢/今日よりもよくしよう/人生捨てたもんじゃないよね/あっと驚く奇跡が起きる ♪
などと、「今日どの様に振る舞っていると、きっと明日や将来どんなことがおこりますよ」というような、現在から未来に向かう出来事の、原因と結果の関係の予測にふれられていることが多いのではないでしょうか? 
そんな「非科学的」とおもわれるようなメッセージが書いてあるから「占い」なので、
フォーチュン・クッキーを手に取ったら・・・、
♪ その殻/さあ壊してみよう/先の展開/神様も知らない ♪
ということになる訳ですが・・・。
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でも実はそんな「神様も知らない」ような未来を、体系的に整理した書物が、はるか3千年も前に書かれているのです。中国の『易経』という書物です。そして、フォーチュン・クッキーの中の短冊に書かれている、短いメッセージの多くは、この易経から引用されていることをご存知でしたか?

大昔の中国人は、世界をさまざまな要素の「陰と陽」の関係性の組合せととらえて、陰陽三組の組合せをもって「八卦」として、森羅万象の変化法則を説こうとしたのです。さらに、その八卦の組合せの六十四卦で世の中のパタンを網羅して、その時間発展的な移ろい、つまり、過去の「卦」の繋がりの来歴の末に現在の「卦」に至っているとすれば、次にはどの「卦」に変化し、その卦を構成する各要素は現実世界の何に対応するかを、膨大な経験知の蓄積をもとに記述したのが易経で す。もうお判りですね。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の、易者・占い師のかけ声はここからきているのです。

でも、こんな厳密な知識体系が、どうして現在では「占い」だとみなされているかというと、それが物語り的な占いのように見えたのが幸いして、2千年前に全ての学問書を燃やしてしまった秦の始皇帝の焚書坑儒を免れて生き残って、幸運にも現代まで伝えられてきたからなのです。しかしその奥底には、森羅万象のダイナミックな遷移パタンの幾何学的構造でとらえる世界観の基本原理が、ひっそりと息を潜めて眠っているのでしょう。そしてそれは、「感じられる人」にしか判らないのです。
さらに時代は下って、近代の大数学者のライプニッツは、この0か1かのバイナリコードの様に見える六組の陰陽による易経の解釈法のひとつ、自ら編み出した二進法の計算術で説明しようと試みました。

しかし、陰陽によって対比される元素の関係は、バイナリに還元される単純な境界条件の枠組みには納まるものではありませんでした。陰陽の関係性は絡み合い移ろいゆく時空間的に境界の曖昧な対応関係だからです。現代の人類はまだこれを定式化する術をもっていません。しかしそこには、いまだ曖昧ではありますがしっかりとした構造をもったダイナミクスが、時間とともに遷移する因果の連鎖として存在するのです。

ときにはこんな数学を考えながら、まずは口ずさんでみてはいかがでしょうか?
♪ 明日は明日の風が吹くと思う/占ってよ ♪

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※2016年3月掲載。情報は記事執筆時に基づき、現在では異なる場合があります。

著者略歴

理化学研究所 脳科学総合研究センター
入來 篤史
1957年生まれ、1966年~68年 と 87年~91年、ニューヨークで過ごす間にフォーチュン・クッキーに出会う。1982年 東京医科歯科大学卒業。
専門は、神経生理学、認知神経生物学。歯学博士、医学博士。趣味は、スキー、スケート、ウィンドサーフィン、など「滑る」スポーツ。

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