生きた数学との出会い
私は幼少時から数を数えたり、パズルで遊ぶのが特に好きな子供でした。幼稚園の頃500本入りの爪楊枝を数えたり、親の指を借りて9×9を計算したりしたことが記憶にあります。遠山啓先生の「さんすうだいすき」という本が大好きで、書いてあることの意味が全部はわからなかった頃からどんどんページをめくって読んでいました。この本は復刊されたので購入したのですが、残念ながら付録がなくて・・・本当は付録がとっても良かったんです。1のタイル、5のタイル、10のタイルや多面体サイコロとか、手にするだけで数の概念と量や空間の概念がつながる感じがしました。特に好きだったのは第5巻の「えあわせでんこうニュース」。暗号を解くのにワクワクし、それから自分でも暗号を作ったり、自分にしか解読できない文字を作って秘密の日記を書いたりしたものです。
小学3年生の頃、素数が無限にあることの証明を父から教わりました。素数について少し復習してみることにしましょう。
素数とは、その約数が1と自分自身の2つのみであるような自然数のことです。ですから最小の素数は2で、3、5、7、11、13、・・・と続きます。1はすべての自然数の約数ですし、自分自身も約数になりますから、1以外の素数でない自然数は約数を3つ以上持ち、特に素数を約数として持つことがわかりますね。さて素数は無限に存在することの証明はいくつか知られていますが、私が当時教えてもらった証明は次のようなものでした。
素数が有限であると仮定し、すべての素数の集合を考えます。すると最大の素数が存在します。これをpmとしましょう。さて、「すべての素数」を掛け合わせて、その答えに1を足しましょう。つまりp1p2・・・ pm+1を考えます。これはp1からpmまでのどの素数でも割り切れません。ですからこの数自身が素数であるか、p1〜pm以外にこの数を割り切る素数があるかのどちらかになり、これはp1〜pmが「すべての素数」であることに矛盾します。
この証明は紀元前3世紀頃のユークリッドの『原論』に載っているものです。当時私の家にはユークリッド原論(日本語版)があったのですが、こんなに昔にこんなことが知られていたのか!と強い衝撃を受けたのを今でも覚えています。
このときに「将来は数学者になる」と決め、現在に至っています。とはいえ、数学の道をまっすぐ歩んできたとは言い難く、幼少時から続けてきたヴァイオリンや言語学への興味等、色々な道に魅力を感じながら過ごしてきました。
そんな中、中学2年生の時に・・・
私は中学2年生の時に地元の名古屋大学で開催されていた「日本数学コンクール」に初挑戦しました。日本数学コンクールは東海三県の大学と高校の数学教員有志の集まりである「数学と数学教育を考える会」を母体として実施されているコンクールです。当時の記憶が定かではないのですが、確か朝10時頃から夕方16時頃まで、本などの持ち込みが可能で昼食を含めて自由に時間をかけ、5問の問題に取り組みました。中学校での試験とは比べ物にならない自由さですよね。このとき奨励賞をいただき、中学3年生でも受けたのですが賞なしでした。数学者になりたいと言っていた私は親に「日本数学コンクールで大賞が取れないようならやめなさい」と言われていたこともあり、高校1年生の時は怖気付いて参加せず、高校2年生で大賞を戴くことができました。日本数学コンクールは問題文が長いことで有名です。現在はジュニア部門や論文賞等が新たに作られる等、変化し続けていますが、当時の印象深い問題を1題紹介したいと思います。
第7回日本数学コンクール 問題5
ある人がラジオで、「ににんがし(2・2が4)」「にさんがろく(2・3が6)」「ニシンが八匹取れました(2・4が8)」・・・と唱える九九は、日本語でないとできないと言っていました。日本語では、4を「ヨン」と読んだり「シ」と読んだりして、口調を整えることができるからというのがその理由です。これは本当でしょうか。例えば英語では「九九」にあたるものはないのでしょうか。もしないとすれば、作れないでしょうか。
細かい問題設定がされていないが故に、とても自由度が高い問題であることが伝わるかと思います。所謂「模範解答」は作りにくく、客観的な評価は難しいことが想像されますが、参加者は自由に問題設定して思考を巡らせることができます。私は日本語の九九の特徴を分析した上で、英語でも(他の言語でも)九九はできると主張し、実際にその一例を示した解答を書きました。自由に考えることがとても楽しく、あっという間の1日だったことを覚えています。
大賞受賞をきっかけに、通っていた旭ヶ丘高校の川村司先生という数学の先生に声を掛けていただき、名古屋大学で実施された「教育上の例外措置に関するパイロット事業」へ参加できることになりました。土曜日に名古屋大学で科目等履修生として授業を受ける機会を得、四方義啓先生はじめ名古屋大学多元数理科学研究科の諸先生方、大学院生の皆さんにご指導いただき、名古屋大学の図書館も利用させていただいて、実験や考察をしてレポートをまとめました。当時は大してお礼も申し上げられなかったのですが、今考えると大学院生の皆さんには信じられないくらい多大な時間を割いて手助けをしていただきました。
高校で学ぶ教科書に載っている数学は広い数学の世界のほんの一部に過ぎず、いわば舗装された道路であること、そこから一歩脇道に逸れると小道や、まだわからないことだらけの草原が広がり、近づかないと見えないくらいのかわいらしい花が咲いていたりすることに気づくきっかけを与えていただいたと感謝しています。
ゼミのメンバーで、(
その後京都大学理学部へ進学するも交響楽団にのめり込み、数学に関しては極めて不真面目な大学生活を送りました。交響楽団では本気で音楽を創り上げる貴重な経験ができましたので後悔はしていませんが、(受けた授業が少ないので)ちょっと授業料が高かったかな、と思います(笑)。卒業が間近に迫った頃、トポロジーと呼ばれる幾何の一分野に、紐の絡まり方を研究する結び目理論というものがあると知り、指導教員の河野明先生に相談に乗っていただき結び目理論の有名な研究者である奈良女子大学の小林毅先生の研究室への進学を決めました。進学後、思い返せば中学くらいで立体図形の切り口の問題で苦しんだ記憶があるくらい、図形が得意な方ではなかったことに気づいてしまいましたが、実際に作れるものは身近な素材で作ったりしながら、何とか自分の中にイメージが作れるように努力しました。新しい概念の理解が遅い方なので今でも苦しむことが多いですが、ストンと落ちたように「解る」瞬間は気持ちの良いものです。女子大学という落ち着いた環境で、同級生たちと一緒に考え、悩んで過ごした豊かな時間でした。博士課程修了後他の機関を経たのち、再びご縁あって母校へ戻ってくることができました。最近は幼少時から好きだった折り紙を研究対象に加え、研究室の学生さんたちと色々作りながら研究をしています。抽象度が高い、大きな数学も魅力的ですが、私には身近なところに咲いている小さな花のような数学を、手を動かしながら見つけていくことが性に合っているようです。
※2022年5月掲載。情報は記事執筆時に基づき、現在では異なる場合があります。
著者略歴
家庭菜園を楽しむも、昨年は柵を乗り越えてきた鹿にかなり食べられてしまいました。
今は庭にあえて残した大根が可憐な花をつけています。
採れたてが美味しいのはもちろん、普段見られない野菜の姿を見られるのも魅力です。