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この文章を書いたのは?

大山口 菜都美/秀明大学

伊藤 昇/茨城工業高等専門学校

対談:氷上の幾何学-フィギュアスケートの世界から(前編)

フィギュアスケートと数学を題材とした、大山口菜都美先生(秀明大学)と伊藤昇先生(茨城高専)の対談をお届けします。

大山口先生:伊藤昇さんと言えば『結び目理論の圏論』※1で皆さんには知られていますが、私は伊藤さんが「フィギュアスケートと数学」という、数学として興味深いテーマをもっているとも伺っています。今回はそのことを題材にいろいろとお尋ねしていきたいと思います。

伊藤先生:私は大学の学部生時代に、日本代表のフィギュアスケーターの方達と交流がありました。週に数回の練習時、そして合宿にも参加させていただきました。フィギュアスケートと言いますと、皆さん実は何のフィギュアかというのをご存知でない方もいらっしゃると思います。それは、氷の上に描かれる図形のフィギュアです。見た目のフィギュアではありません。スケーティングがとても上手で綺麗だという方は、美しい図を描くことができると言われています。以前は氷の上に曲線を描く技術は、フィギュアスケートの審査対象として入っていました。この意味で、氷の上に沢山の平面図形を描いていくことが、フィギュアスケートだという捉え方もできるわけです。

大山口先生:すると上手な選手は、氷上に好きな図形を描くことができる、ともいえるのでしょうか。

伊藤先生:そうですね、スケートが上達していくと、色々な図形を描くことができるのだと思います。そういえば、習いたてのジュニアのお子さんたちには「色々な図形を描いてみよう」という指導がなされていました。

大山口先生:どういう動きをすれば、どういう図形が描かれるのか、ということは選手たちはわかっているのでしょうか。もし選手が幾何学を内面化しているなら、それはとても興味深いですね。

伊藤先生:そうだと思います。例えば、高い技術をもった選手にとっては、4本の刃で立っている気分のようだと言われています。スケートのブレードが1本に対して2本のエッジ、すなわち、インとアウトで1本ずつあるのです。言い換えるなら、氷と接する面の境界が2つあり、それを選手は自在に操るのです。したがって、フィギュアスケーターからすれば、左足と右足の2本刃があるのではなく、4本刃があり、内側・外側であらゆる図形を描けるということになってきます。その上で体重の乗せ方や、滑り方で例えば円を描く時にどのように体の軸をとったらよいのか、或いは螺旋を描くにはどのように動かしたらよいか等々を知っているのです。

図1:平面曲線は3次元の中の結び目

大山口先生:スケートチームの合宿には若手の選手も多くいらっしゃったのでしょうか。若い時から無意識に数学経験をしているのですから、頼もしいですね。

伊藤先生:そうですね。小学生くらいのお子さんたちも多くおりました。年上の選手たちにいろいろと質問していました。お子さんたちの活発さは合宿中変わらず、食事の際には、自作の算数の問題を私に問いかけられました。

大山口先生:楽しそうですね。数学スタッフとして日本代表チームのアスリートとの連携はどのようなものでしたか。

伊藤先生:シンクロナイズド・フィギュアスケーティング、と呼ばれる団体演技のフィギュアスケートは、世界選手権では16人編成で試合をします。
私が携わった頃は20人編成もありました。その演技構成は、隊列で図形を描く技をどう組み入れていくかを考えることから始まります。そうした時に、数学的に考えると平面の上で“力学系”※2 を考慮しなければなりません。平面が二次元空間でそれにプラスして瞬間速度すなわち時間方向の変化を表す1次元分を合わせると、アスリートの描く平面上の曲線は3次元空間の空間曲線になります(図1)。

大山口先生:いわゆる力学系がなす結び目、Legendrian 結び目ですね。

伊藤先生:おっしゃるとおりです。

大山口先生:すると選手は数学の専門知識を持ち合わせてなくても、3次元空間の結び目をなぞる経験をイメージし、数学的経験をしていることになりますね。そして団体になると、「点の動き」だけでなく「形の動き」に関わる数学の要素も入ってきて…。

伊藤先生:はい。図形の端が一番スピードが出ますので、その意味で技術の高い選手、そして図形の中心の方は一番重心がブレない選手、というような技術の高さでどうしても数学を考えて選ぶ必要がでてきます。キャプテンを含む演技構成の小チームが組まれますが、そこで選手たちは実質的に数学的な議論を私としていたことになります。たとえば、キャプテンと演技構成係はノートに選手が通過する流線と選手配置図を描いて私と議論しましたが、選手側の検討事項は、数学としてはベクトル場と特異点の幾何学にほぼ対応していたといっても過言ではありません。

大山口先生: そうなのですね。もっと明示的に数学的な要素がそこにあると、「スポーツの強さを数学が生む側面がある」ことに気づき、代表スケートチームは能動的に数学を活用していくのでしょうね。

 

後編に続く

※1 伊藤昇、『結び目理論の圏論』(日本評論社)、2018。

※2 “力学系”とは時間と空間を同時に扱う数学の一分野で、多くの美しい図形が現れる。 日本には著名な力学系研究の先生方がいることで知られる。

*写真提供: 木内千彩子氏  
2018年世界選手権銀メダリスト (Team Surprise、 スウェーデン所属、 当時)

*この記事は伊藤昇先生(茨城工業高等専門学校 講師)と大山口菜都美先生(秀明大学 学校教師学部  講師)との対談を数理女子事務局が編集をいたしました。

【伊藤 昇】
長野県生まれ 。2008年からの日本学術振興会特別研究員の後、早稲田大学基幹理工学部数学科助手・助教、同大学高等研究所助教・准教授(任期付)、東京大学大学院数理科学研究科特任研究員を経て現職。
主な著書『Knot Projections』 (Taylor & Francis Group, CRC Press)、『結び目理論の圏論』(日本評論社)がある。専門はトポロジー。
最近研究に関しプレスリリースがなされた:
http://www.ibaraki-ct.ac.jp/?p=24436https://www.ibaraki-ct.ac.jp/?p=31011
(所属による紹介動画はこちら:htps://www.youtube.com/watch?v=D43rtzuvaUk

【大山口 菜都美】
秀明大学 学校教師学部 数学専修 講師  / steAm, Inc. steaM Math&Knot Architect。お茶の水女子大学大学院 理学専攻数学コース 修了。専門は結び目理論・空間グラフ理論。小中高生向けの数学ワークショップなど、数学の魅力を広く伝える活動を行っている。

 

※2021年1月掲載。情報は記事執筆時に基づき、現在では異なる場合があります。

 

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高等教員数理女子のリアルライフ
数学者、ときどきイラストレーター

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